言葉は選べという話 | ひとりあるき

言葉は選べという話

今朝、twitterを眺めていたらこんな記事が流れてきました。
はてな匿名ダイアリー「とある商業漫画家からBL二次創作同人の民へ告ぐ
媒体の性質もあって、おそらくツイート主は本人ではない、たまたまこの記事を見つけた他人です。しかも複数いる。だからここにツイートは載せません。

超意訳すると「仲間作りのために二次創作をし、自身の作品・登場人物を歪められるのはいやだ」ということだろうと思います。
主旨に反論はない。自分の作品、自分のキャラクター、とても大事。二次創作は他人のそれらをお借りして作られるのだから、原作者の気持ちは優先されるべきだと思います。このかたの場合は出版社側の事情があって声を上げられないようだけど、でも、それもおかしな話だなあと思う。
プロでも納得できない仕上がりなることはあるからなんとも言えないけどね。映画化も広義の二次創作じゃん? ね? 伝われ!

論旨から逸れたところにわたしはめちゃくちゃ引っかかった。

なぜここで「脳死」という言葉が出てくるの?

まず、脳死とはなにか。

脳死とは、脳の全ての働きがなくなった状態です。
どんな治療をしても回復することはなく、
人工呼吸器などの助けがなければ心臓は停止します。
回復する可能性がある植物状態とは全く別の状態です。

日本臓器移植ネットワーク「脳死とは」より

かなり重い事態です。

いっぽう、先の記事での「脳死」はどういう意味でしょうか?
文脈から察するに、「無意識的に、そうするのが当たり前のように、なにも考えず」といったニュアンスではないでしょうか。
ここ数年でときどき見かける言い回しですが、自虐的・侮蔑的に使われているのをたびたび目にします。
半ばネットスラングになっている。もちろんそれ自体よくない。よくないけど、冗談のなかに混じってくるそれをいちいちとがめはしません。なにしろわたしだって完璧ではありません。きっと知らず知らずのうちにだれかを傷つけているでしょう。あまり偉そうなことは言えません。
人間、思いのほかニュアンスで読んでいるもんです。こういう流れだ、こういうことを言いたいんだろう、多少のことは流しておこう、お互いに。

でもこの記事は無理だ。

今回は、まじめに書かれている記事だと感じた。だからまじめに読んでいた。そのなかでのこれは、無知か無神経か。戸惑ってしまった。そして怒り。
脳死の本当の意味を、漫画家さんが知らないはずない。なぜここでこんなに軽々しく使ってしまったの。あんまり無神経じゃありませんか。

こちらもご参考までに。
「脳死」を比喩として用いることへの憂慮(臓器移植法を問い直す市民ネットワーク様)

言葉は選ぶべきです。

敬語を使えというのではありません。
twitterで「#検察庁法改正案に抗議します」というタグが拡散されたのは記憶に新しいところですが、これも「敬語にしたのがよかった」と言われています。以来、なにかと「~~に○○します」というハッシュタグが目につきますね。「#検察庁法改正案に抗議します」を批判していた人すらこの手法をまねしているくらいです。
でも個人的に、そんなのはどうでもいい。敬語を使えなければ意見をしてはいけないのか? 主張してはいけないのか? そんなことはないですよね。
敬語を使う必要はありません。

でも、言葉は選ばなくてはいけない。
今回の記事で言えば、「脳死」という言いかたはしてはいけない。そこへの指摘が少ないことにも驚いている。しかしブックマークコメントには数人いらっしゃって安心しました。
自分の主張のために、ほかのだれかを踏みつけてはいけない。

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長々書いたけれど、先にも述べたとおり、わたしも偉そうなことは言えない。
言葉を扱う創作をしているのだから、これからもまじめに向き合っていきたい。

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